「みんなの今年のベストを教えてくださいよ」
2011年の忘年会で何気なく話したそんな言葉からはじまった俺マンも、今年で10年目を迎えます。月並みですが、10年というのは振り返ってみればあっという間でした。一方で、この10年でマンガやアワードを巡る状況は確かに変わったと思います。
当時からマンガのアワードは数多くありましたが、この10年でさらにアワードは増加。「次にくるマンガ大賞」のようなユーザー参加型の大きなアワードも定着しました。試し読みやSNSの普及も加速し、話題作が話題になるスピードも感覚的には上がったと感じています。新しいマンガを知る手段は、10年前に比べれば格段に充実しました。
同時に、この10年でより強くアワードのジレンマを感じることも増えました。マンガ大賞のように必ずしも単行本刊行初年度に偏重しないアワードもあるものの、俺マンも含めて多くの年間アワードの戴冠は刊行初年のタイトルに集中しています。これ自体は決して間違いではありません。飽和状態ともいえる刊行点数とコミックスの極端なまでの初速重視という状況もあり、若いタイトルをなるべく早くヒットに導く必要は確実にあります。むしろ10年前よりも重要になっているかもしれません。俺マンも基本的にはこの傾向が続くでしょう。
ですが、初年度集中型のアワードが乱立する一方で、2年目以降の作品や見事な完結を迎えた作品に光を当てる機会は極端に少ないといえます。アワードの投票者、選考者はやはり年間多くの作品を読むマンガ好き、いわゆるマニアが多いです。私自身も含め、そういうマニアにとって巻を重ねた作品や完結を迎えた作品は、「すでにヒットしている作品」であり「当然知っている作品」と認識されていたりします。
反面、そういうタイトルの大半を、いわゆるライト層はまだまだ知りません。たとえば私の同世代の友人たち。彼らはジャンプが650万部売れた時代に思春期を過ごし、マンガを読むということに何ら抵抗はありません。「面白いマンガない?」と聞かれることも少なくありません。しかし、実際に読んでいる作品は少ないし、書店に行くこと自体、月1回もない。本人たちは読みたいと思っているし、きっかけさえあれば読むのだけれど、膨大な数が刊行されているマンガのなかから1冊を選ぶ地図を持っていない人たちが無数にいます。彼らに届いていない「すでにヒットしている作品」はたくさんあるでしょう。
アワードがマンガを広く知らせる唯一の手段ではありません。むしろメディアミックスをはじめとした、さまざまな展開の方が強力な力を持っており、アワードはその端緒として機能すればいいともいえます。
しかし、アワードはマニアの青田買い的な物差しだけしか持てないのでしょうか。作品は刊行初年度という物差しだけではかるべきなのでしょうか。
日本のマンガはその多くが連載という形で生み出されています。連載というのは本当に面白い形式で、いつまで続くかわからないことが多いし、必ずしも結末まで完全に計算されてはじまるわけでもありません。連載が続くなかで驚くほどの変貌を遂げる作品も数多くあります。
たとえば。果たして1991年の私たちは『SLAMDUNK』を見つけられたでしょうか。1980年の私たちは『キン肉マン』を選び出したでしょうか。その先あれほどの作品になることを、誰が見抜けたでしょうか。あるいは、『SLAMDUNK』にとって1991年が、『キン肉マン』にとって1979年がその真価を伝えるべきタイミングだったのでしょうか。
もちろん最初の単行本が刊行された1991年にも、1980年にも支持を得ていたからこそ作品は続きました。その時点で評価する声がなければ、その先の展開自体も存在しなかったでしょう。しかし、少なくとも今の年間アワードはこういう作品を評価する物差しを十分に持っているとは思えません。
若い作品をいち早く発掘するのはアワードの責務です。しかし、マニアですら把握しきれないほどアワードが乱立している現在、そろそろ新しい物差しも用意しなければならないのではないでしょうか。
2010年代の俺マン「俺マン10’s」はこの思いから出発しました。連載のなかで凄みを増していった作品、完結を迎えて本当に完成した作品を含め、10年というスパンで作品を見る。この10年を見渡す地図をここにひとつ、置いておきたいと思ったのです。
今回通常の俺マン本来の目的からははずれるような「2010年代に刊行された作品」「5作品以上20作品以内」というレギュレーションを加えたのは、この「地図をつくる」ということを念頭に置いていたためです。もちろん、だからといって「自分の好みでなく歴史的な評価で考えよう」とする必要はありません。「個々人にとってのこの10年のベストを見る」という個人史的な目的は依然あります。ただ、ほんの少しだけ軸足をずらしたところに目線を向けたのが「俺マン10’s」だというだけです。
おそらく俺マンという企画の規模から考えれば、それほど大きな地図にはならないでしょう。ユーザー層の好みによる偏りももちろんあります。
しかし、ほんの小さな地図でもここに置いておけば、「何か面白い作品はないか」と探している地図を持たないマンガファンに1冊を届けることができるかもしれません。あるいは、これからマンガを読み始める若い世代が、10年20年経ったとき「昔のヒット作、話題作ってどんなものがあるんだろう?」と探すときの助けになるかもしれません。
10年前と違って、今は電子書籍が大きく普及しました。古い作品を読もうとしても新刊書店では見つからず、古本屋を行脚しなければならないという時代とは違います。読もうと思えば多くの「古い作品」を気軽に読むことができます。
「俺マン10’s」は今の私たちにとってのお祭りですが、もしもうまく小さな地図を未来に残すことができたら、「俺マン」という企画が存在したことにも少しは意味があったのかもしれないと思います。
あなたの10年を、俺マンに少しだけ分けてもらえれば幸いです。
俺マン発起人・小林聖